記憶

 

 

帰省の最終日、レッスンは午前で終わりだった。

午後はどうするか。時間はあるし、お盆に行けなかった祖父の墓参りに行く事を決める。近くだから、実家にある自転車を借りて行くことにした。

車輪の大きな自転車は久しぶりだ。今は関東の家でミニサイクルに乗ってるから。

サドルの高さを直して、空気を入れる。最近買ったいい自転車らしく、サビはなく銀色の部分もちゃんと綺麗だった。

 

実家に帰ってきたら、大体車で移動するのが普通になっていた。圧倒的に楽だし、荷物がある事が多いから、自転車という選択肢はほぼなかった。

でも、車で運転していて「子供の頃この道をよく通ったな」とか、「ここの風景が好きだったな」とか、そういう風景を見る度に、少し降りる時間が欲しくなる。

その日自転車を選んだのはそういう理由だ。小回りのきく自転車で、ゆったり風景を見てみたくなった。

 

墓地までは、小学生の時によく友達と歩いていた道を行く。山が見えて、一面田んぼ。この季節になると、稲穂が実って、黄色くなって…緑と黄色の柔らかな穂先が、遠くの方まで続いていた。

墓参りのあとは帰ろうかと思ったけれど、陽は西に傾きつつも、まだ明るかった。

「このまま、行ける所まで行くか。」

懐かしさと興味、そして少しの冒険心で、家とは反対方向に自転車を漕ぎ出した。

 

 

 

高校は家から自転車で30分くらいかかる所に通っていた。

遠かったからなんとか近道したくて、色んな道を試しに走っていたと思う。

少し薄れてる記憶を思い出しながら、当時の道を行く。

 

私が通っていた高校は普通科と芸術コース音楽・美術専攻があり、私はその音楽専攻でサックス科だった。芸術コースは3年間クラスは変わらず、3年生になればクラスの皆はもはや皆家族のようだった。

芸術を学びにくる奴らなんて、皆どこかネジが外れている。音楽専攻は自己主張が激しく毎日うるさくて、美術専攻は良い意味で変な奴が多かった。ふざけまくって担任に怒られたりしたけど、皆専攻してる自分の好きなことには真面目だった。

年に3回の実技試験があって、毎回順位がつく。いつもだいたい5位とか4位とかだった。一応、効率悪くとも真面目に練習していたから。でも、正直副科ピアノの方が成績が良かった。

芸術コースだったものの、私は3年になるまで音大進学の事はあまり考えてなく、途中まで服飾系の専門に行こかと思っていたくらいだった。古着にハマって、当時古着系ファッション雑誌を読み漁っていた。よく知りもしないバイヤーという言葉に、薄っぺらく憧れていた。

そんな日々を過ごしていた中、3年へ進級を目前に、急に考えが変わった。

 

「自分の好きな楽器で、まだ何もやれていない気がする。」

 

目標でもなんでもなく、漠然とした風景の中で、どこかで自分を信じたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

高校に行くには、なんだかこの辺の道を曲がったような気がするけど、なかなか思い出せない。

家が密集している町の、車通りの多い道を記憶を頼りに進む。道は古くて茶色に染まっている。

視界を右に寄せながらゆったり自転車を漕いでいた。細い脇道を通り過ぎる。

 

今のはなんか…見たことあるような、ないような。

いや。多分そうだ。

 

勘か何かが働いて、道を引き返して、さっき通りすぎた細い脇道に入った。

丁度西に進んでいたようだ。前に進んでいくと、家の影がたくさん重なっていた道は、建物が少なくなって、黄色がかった光が広がった。

 

ああ、見たことある。知ってる。この道だった。

 

堤防沿いに小道が続く。向こう側の堤防まで続く橋をわたって、高校に通っていたのだ。

この道に降り立つのは何年ぶりなのだろう。だんだんと橙色に染まる光の中で、自転車を降りてサラサラ音を立てる川を眺めた。

 

 

地元を離れて3年ほど経つ。

帰省する度に、離れた日にちから時間が動き出すような、別の時計がまた進み出すような感覚があるのだ。

関東にもどったら、関東の時間軸が進む。不思議な感覚だ。

 

何だかとても満たされて、気の向くままに帰路につく。何回も通った道には、ナビなんて必要ない。

知らない店が増えたり、何かがなくなったりしているけど、町の雰囲気や温度は変わらない。美しさも変わらない。

 

橙色が薄くなって、すこしずつ青色に染まってきた。

夜が近づく。明日は朝の新幹線。明日のこの時間には、もうひとつの時間軸にいるのだ。

 

 

 

夜に向かって、自転車を漕いでいった。